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ブラックボックスの中身はあるのか。

皆さん、お疲れ様です。

今日は珍しく日曜更新します。

先日から発信している新様式案についての考察の続きです。

前回、僕は新様式案に入っている改善可能性の判断根拠はアセスメントの項目に加えるということであればありだと思うという意見を書きました。
でも、最近のケアマネジャーのあり方議論をウォッチし、自事業所や地域の現状を鑑みて思うことがあります。
それは、果たして現在のケアマネジメントの中でそもそもアセスメントとはどの程度機能しているのだろうか、また、みな、自分のアセスメントにどれだけ自信を持っているのだろうかということ。
介護保険制度がはじまって様々なアセスメント方式が出てきましたが、情報収集から課題の分析、抽出のプロセスは明確でなく、非常に感覚的に行われていることが多いのではないでしょうか。ケアマネジャーに関する意見交換の場では、インターネット上でもリアルな場でも経験豊富なケアマネジャーは頭の中で情報処理を行うから、面接をしながら答えを見つけ出していくんだと言われているのを目にし、耳にします。まあ、それも間違いではないでしょうが、つまるところ、現在の状況で言えば、アセスメント表を書くことは、ケアマネジャーの情報の記憶装置だけになっているので、思考はその日のケアマネジャーや利用者の様々な状況、伝え方のダイナミクス等々の影響が強く出るだけでなく、曖昧な情報のつながりで答えが導きだされていくということになりますよね。あるいはアセスメント表を書くことすらされず、耳に入ってきた時の直感だけで情報処理がされていくこともあるかもしれません。このケアマネの頭の中だけで他の人には理解出来ない過程をいわゆるブラックボックスと表現されているのだと思いますが、そう考えると改善可能性を判断しても感覚的に処理されるので、情報が繋がらなかったり、取り残されることが発生すると思われます。まあ、ある意味、そんなことは重々承知だから予防プランと新様式案にはアセスメント要素が加えられ、やらざるを得ない状況にされているということかもしれませんね。こうなると卵が先か鶏が先かという感じですが、いずれにせよ、何度も考えろというシステムなだけで感覚的に処理されることには変わらないですよね。
さて、では、このブラックボックスと言われているものには果たして何がつまっているのでしょうか。先日、ある知人とこの話をした時、何も詰まっていないのではという回答がありました。それを聞いた際は「さすがにそこまでは」という想いになったんです。その時は・・・。人により量の違いはあれど多少は詰まっているのではないだろうかと。じゃあ、自分のブラックボックスを開いて考えればいいだろうと思い、実践をしてみたんです。手法は最近勉強をし始めているアローチャート。思考過程でフレームワークを視覚的に残していくということなんですが。
すると、まあ、びっくり自分の想定していた答えとはちょっと違う感覚に陥ったんですよ。
まず、最初に思ったこと。感覚でつなげられていると思っていた情報がつなげられていない。ここで既に自分の考えが破綻していく感覚がありました。そして、次に感じたことは繋がっていっていると思っている情報が端から消えていっている感覚です。そうなると、このブラックボックスの中身は量の違いはなく、最終的な答えしか残っていないのではないかという話です。
すると、仮に後付けでアセスメントを行うこということがされたとすれば、ブラックボックスの中身からの逆算ではないかとも考えられるわけです。因みに後付けのアセスメントというと反論や誤解が生じそうなので補足をすると予防プランや新様式案のように計画策定に際してもアセスメント要素が入っているということは、どう考えてもアセスメントの作業を後付けすることに他ならないと思います。
さて、そうなると、ちょっとしたねじれ現象として計画策定をした後に再度アセスメントをして計画を修正するということが発生しているのではないかということで、延々と答えがみえなくなっていくと。もちろん、作成時に違和感を感じたらですが。
まあ、分析をするという点では、行ったり来たりしながら検討することは必要なことだとは思いますが、このような過程を経ているとしたら、多くのケアマネジャーは自分の作ったものにどこまでも確信が持てず、諦め半分でプランを排出することになりかねない。そう考えるとサービスイメージが先行する例や御用聞きと言われる例は、より明確な答えがあるとその場では思えるのもわからなくもないというメカニズムなのかもしれないですね。
つまり、このままでいってしまうと、改善可能性の判断根拠を明確にしていく作業により更に白黒答えがないとアプローチが出来ないという状況を産むことにもなりかねない。ですが、人の想いや生活は判断できず、割り切れないことがたくさんありますよね。仮に明確な答えが見えていて、当事者も分かっていたとしても割り切れない思いが解消されないと、その答えには向き合えないように。だから、思考過程と言っても、この不確定要素の思考過程を他に見えているエビデンスとともに目を向ける方法を、見て聴いて触れておぼえる職人技ではなく体系的に伝承することが出来ればケアマネジャーは専門職としてもっと認められるのではないでしょうか。
まあ、アセスメントという一面だけを焦点化しているので他の要素についても当然、必要なことも十分理解しておりますのであしからず。



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ケアマネジメント | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/09/09 21:20

新様式案、改善可能性の判断根拠、予後予測は必要なのかを考える。

皆さん、お疲れ様です。

今日は終業後、2週間後に迫ったあきしま地域福祉ネットワーク9月全体会の打ち合わせに行ってきました。今回講師をお願いしているのは、全国マイケアプランネットワーク代表の島村八重子氏。公的施設なのにちょっとおしゃれなカフェで打ち合わせをしたのですが、こちらの要望も含めテーマを相談すると、これがまあ、物凄く盛り上がってしまったわけです。
しかし、あとから考えるとちょっと違和感が・・・。それは何っていうと、島村さんとはちょっと前から知り合いではございましたが、専門職というわけではなく、ご家族なわけですよね。まあ、物凄く勉強されておりますが。なのに本質的な意見が凄くしっくりくるというか、たぶんそんなに知らない専門職の人と話すより共有感覚を感じるということです。それは、自分が利用者・家族寄りの考えを持っているということなのか、島村さんが専門職寄りの考えをもっているのか・・・。いや、たぶん、お互いにフラットなのではないかと思いました。じゃあ、専門職って何って感じw
しかい、ホント、打ち合わせ段階から気づきが多くて、今から本番当日が物凄く楽しみになってまいりましたよ。
会員の皆様、乞うご期待!!

そして、明日は、朝も早よから第2回社会保障審議会介護給付費分科会介護事業経営調査委員会、終了後、第92回社会保障審議会介護給付費分科会の傍聴と言うことで傍聴記は断念します。お許しを。

さて、そんなわけで、今日は雑感を・・・。先日、ケアマネの生き残る術を考察しましたが、その後も思うところあり続編を考えてみました。

前回は、現行の様式の課題(とされていること)が新様式案では解決出来るものではないのではという点から様式に追加・変更される必要があるのかという問題提起と、そもそも新2表は、現時点で明確な根拠が見いだせない居宅介護支援の実態・課題に対して統計調査を行うために出されているものなのではないかという仮説を基に自分たちの行うべきこと、進むべき道を考えてみましました。
つまり、新2表の考え方を全て否定をしたわけではないけど、腑に落ちないよって想いがぬぐえないんですがって感じだったわけです。

じゃあ世の中の声はというと、最近、良く聞くご意見としてはリハビリの視点が濃く生活視点が薄いとか、改善ばかりが重要ではないとか。

まあ、確かに改善というと単純に「悪いところを改める→良くなる=治癒」というイメージになり、「治らなければいけないのか、病気になったり、怪我をしてはいけないのか」とか「生活を改善するって誰しもが清く正しく生きなけれないけないのか」という感覚に陥ると思いますよね。ですが、それだけではなく、計画の改善点があるのかないのかと言うことで言えば、人の状態や生活と言うものは日々変化するので、実態にあわせて改善される点が出てきてもおかしくはないかと。ただ、怪我や病気や一般常識との不一致により生活上の支障が出てきた点(初期段階のニーズ)についてのアプローチ=改善しやすいということで直結すると感じるんでしょうかね。
・・・でも、本来、日々変化する生活に適宜対処することも改善と認識されれば、対処方法は、モニタリングであり、アセスメントの方が自然ですよね。

って考えると結局、ケアプランのことじゃなくて、アセスメントのことなんじゃんとここでも気づくわけですよね。だから、じゃあ、何で様式変更なのよ、予防プランでも新2表でもアセスメント要素を中途半端に入れることで解決できることじゃないと・・・、ってだんだん前回と同じになっていくので、様式変更そのものは今日は焦点化しないことにします。

では今回は何が言いたいのよってことなんですが、新2表において新たに出てきた「改善可能性と予後予測」は意味があるのかないのかということです。

新様式への変更案が出て良かったことと自分が感じているのは思考過程について注目されてきていることかと思いますが、その中でも流行語大賞になりそうな「改善可能性と予後予測」(もっと流行しそうなのが第2条第2項と第4条ですがw)。

正直、反対か賛成と言う単純な意見が多い中、実際に使用をしてみた方はどの程度いるのでしょうかね。
だって、何事もやってみないとわからないでしょ。じゃあ、お前はどうなんだというと新2表について当然、試用してみたわけでございますw
そうして見えてきたことが前述のことなのですが、更に細かく言いますところ、僕の中の結果としては「①改善可能性を理解することは意味があるけれども、②予後予測の欄は意味がない」ということです。

理由は非常に単純明快。①改善可能性は実際に新様式を使用をしてみると現状では憶測で判断している(されている)ことが意外に多いということと、改善可能性を明確にすることで緊急的な生活課題や医療などによる明確な答えがあるものと潜在的にある深層心理や変動する利用者自身の生命力などの棲み分けがなされ、アプローチの段階を決める上で重要と思われるから。つまり、あり方検討会で野中構成員が「ケアマネジメントは「急がず、重いもの」」と主張されていますが、その根拠となる目先の課題は即効性が必要でケアマネジメントプロセスが馴染まないという説からしても「初期段階の課題と時間のかかる課題」、「事実と憶測」、「見えてることと見えてないこと」を振り分けることは出来るということです。あくまでも他のアセスメント情報との掛け合わせでなんですがね。
そして、何故②予後予測が意味がないと結論づけるかというと、①改善可能性の判断根拠に②が直結すると答えが明確なものだとしても、周辺情報の繋がり=意味づけの過程が端折られるということが考えられますが、やはり、一番は、予後予測と長期目標、短期目標が同じものだからと言うことではないかということです。違うということがあれば、誰かご教授ください。

結果、①改善可能性はアセスメント過程では必要になると思われるが、②予後予測は意味がないということで整理をすると→今までの様式と変わらなくなる=様式変更は意味がないか、他の意味があるという結論にもなるということです。

そして、様式に目を向けるのではなくて、アセスメントの内容や方法、チームでの取り組み方等々を見直すことが最優先課題なのではないかということになると。

そんなことを考えながら、前述の全国マイケアプランネットワークの島村さんとお話をしたわけですが、利用者や家族の直面する課題や想いに触れると更に初期段階のアセスメント、その後のアセスメントを分けたりと、それこそ、段階に応じた機関の設定をすることが良いのではないかという思いが募るばかりです。

というわけで、皆さんも様式が増えることで事務が面倒という理解や既存の手法への拘りを捨てて、騙されたと思って試しに使ってみて考えを巡らせてみてくださいな。
たぶん、そんなに違わない感想になるのではないかと思うんですが・・・。



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ケアマネジメント | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/09/07 00:37

ケアマネが生き残る術って・・・。

皆さん、お疲れ様です。

8月も終わってしまいましたね。出勤時に学生が並んで歩いている姿を見て季節の変わり目を感じるのにまだまだ残暑が厳しく、もう少しの間、外回りは大変そうですね。

さて、今週は本当に劇的な日々でした。週はじめに祖母の面会をし、東京にとんぼ返りするも、翌朝には祖母の訃報が入り、翌日、第5回のケアマネのあり方検討会を傍聴し、その夜に祖母のもとにこれまた戻って、最後のお見送りをしてきました。

長年寝たきりであった祖母とノンバーバルなやり取りですが、最期の数時間を共に過ごせたこと、お世話になった施設の方々とお話が出来たことで喪失感、不全感がかなり軽くなりました。

まあ、当然のことながら、東京に戻れば、その分の仕事の山に迎えられたわけですが、やることがあったことで気持ちの切り替えが出来たかな。

しかし、本日参加予定だった青梅市のケアプラン相談会も残念ながらキャンセル・・・傍聴記は・・・。

ごめんなさいね。要約の追記も追いつかず、なので雑感を載せつつ、追記までの間を繋ぐことにします。

ってことで、久しぶりに想いを綴ります。

ここでもずっと新様式案についての緊急セミナーのチラシをリンクしておりますが、この5月9日の第2回のケアマネのあり方検討会で日本総研からリリースされた介護支援専門委員の資質向上と今後のあり方に関する調査研究としてのケアプラン詳細分析結果報告書の中にある新様式案については非常に否定的なご意見が多く聞かれます。

どちらかといえば僕も否定的な見解をもっています。

なぜ、どちらかといえばとしたのかというと完全な理解が出来ていないからということです。また、課題分析結果の根拠が明確でなく、憶測で推し進めていくケアマネジャーもいるという実態も見たことがあるということでしょうか。もちろん、そんなに多数見ているわけではありませんよ。

そんな中でこのことについて理解をしようと関連する研修等に参加してみたりするわけですが、どうにもこの2表の存在が理解できない。

パッと見ると、細かく根拠を見ることが出来るように思え、思考過程が明確に出来るようになっていると感じますが、実際に活用をしてみるとアセスメントに補足する分には、その名の通り、課題を整理するという点、根拠を明確にするという点では有効な面もあるとは思います。しかし、改善可能性をみる判断根拠から予後予測に流れる過程、予後予測からニーズへ流れる過程がブラックボックスになっている、若しくはリンクしていないという点を考えると現状のアセスメントから課題分析結果、ニーズを導き出すことと同じように情報からニーズに繋げられないという課題が生まれるということかと思います。まあ、現状のアセスメント方法や様式を見直すということなら理解が出来ますが、新たに追加していくということに何の意味があるのかという感じが否めないというところです。更に言ってしまえば、アセスメントとしても補足しなければならないことがあるのであれば不完全な感じがするということだと思います。

そんな想いを持ちながら、様々な方々とこのことについてお話をして思うところ、着目すべきところを考えると今回の様式案に繋がった詳細分析に対する評価の視点を事前に想定しているが、視点とした根拠は不明であることや実態、評価結果としてまとめられている点はクラスター分析されているわけではなく(たぶん出来ないのかと思いますが)、明確な分析結果が提示されていないということが挙げられました。

また、クラスター分析の項目が課題分析標準項目(新2表の項目)とリンクしているということは、表向きにある改善可能性の判断根拠を知って課題を整理するという様式の意義だけでなく、それが出来ているのか、出来ていないのかを明確に判断できる統計が取れる内容になっているという意味でもあります。ケアマネジャーの思考過程を補助するだけではなく、アウトカムに繋がる様式だということになるということなんだとでもいいましょうか。

たぶん、8月20日に日本総研からリリースされているケアマネジメントに関する調査研究等ともリンクし、その結果に基づき様式の変更案が更に出されることになると想定するとして、様式変更が主目的だとすると変更するに値する想定された結果が更に明確に出てくるのであろうということですよね。

とすると、我々に残された道は2つ。
その道は今後、自分たちがケアマネジャーとして生き残れる為の鍵?!

それは何かというと、新2表に基づいたニーズの判断根拠の明確化が出来るようになるか、新2表よりも良い様式案若しくは意見を提案すること。

はてさて、あなたはどちらを選びますか??

まあ、いずれにせよ、我々は自分たちの進むべき道について答えを求められているということに気づくべきだと思いますよね。更に併せて言ってしまえば、何も答えを言わなければ用意された答えを受け入れるということになるということも気づくべきかもしれません。ただし、今まで通りという選択肢はないと理解した上で・・・。

明日はアローチャート実践研究会に参加します。様式はどうであれ、思考過程は磨いていく必要はありますからね。


《告知》
当会の活動においていろいろとお世話になっている月刊ケアマネジメントの緊急セミナー「ケアプラン様式が変わる!?」が開催されるそうです。

詳細はコチラをご確認ください!!


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ケアマネジメント | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/09/01 02:29

タイセツニオモウカラユルセナイ

ジメジメとしてきたある日のこと。

お一人暮らしのおじいさんのところに訪問に行くと隣のおばさんが待ち構えていたかのように寄ってくる。

「ちょっとお隣のおじいちゃんとこ、いっつも凄い剣幕で怒ってる声が聞こえてくるんだけど大丈夫?」

「怒ってるって誰がですか?」

「娘さんよ」

「・・・」

「ちょっとよろしくね!」

一生懸命、仕事の合間をみて介護していた娘さん。

最近そういえば疲れていたな。

そんなことを思っていると娘さんも到着したようすでいつもの笑顔で「いつもすいませんね~」と車から降りて寄ってきた。

ちょっとバツが悪いと思っていることを見透かしたかのように「どうかしました?」と聞かれる。

悟られぬように聞き返す。

「あのー最近お疲れのようですが大丈夫ですか?」

「へ??そうですかね」

「いやいや・・・」

とりあえずその日は様子を伺うことだけで終了。

後日、アポなしで寄ってみた・・・。

家まで続く細道の手前で車を横付けし、家に近づくにつれ何か聴こえてくる。

「何でいつも言ってるのにわかんないのよ!!まったくいいかげんにしてよ バシッ」

ちょっと様子をみることにするか迷うが入る事にした。

ピンポーン♪ ガラガラガラ~

「あのー近くに来たので様子を伺いに・・・」

やや驚いた様子で娘さんが出てくる。。。


「やっぱりお疲れのご様子ですね。実は近隣の方も心配されていますよ」

と言うと

「私が何か悪いことでもしてるって言うんですか!」


さあさあどうする?

ってみたいなことがケアマネジャーをしてきて今まで何度かあった。

そしてここを見ている人の中でもそんな経験をしたことある人もいるであろう。

ちなみにこれは事実を参考にしたフィクションですからね。

っでこの続きだが、大概、ご家族から、経緯の話を聞いたり、ご家族の介護についての再保障をする。

冷静さを取り戻してもらうとやっと先の話ができるのだが、「この人のことを何とかしようと思うから自分で頑張っているのに・・・大切に思うからこそ許せない事がある」と言われたことがある。

幼少期からの家族関係や病状等々違いはあるが、「自分がこれだけやっているのに報われない」と思ってしまうのか。

しかし、その後に皆深い自己嫌悪に陥っていく。

関係が修復できるかをその後、話し合いながら(場合により専門機関も交え)判断するわけだが、最終的には施設に入ってもらい直接の介護から離れてもらうことが多かった。

この歪な関係性との出会いでいつも自分の心に残るのは切ない想いと関係改善への願いだ。

最後にさっきの言葉を言った方はその半年後に偶然、入所した施設で出会い、満面の笑みで「お久しぶりです。元気そうでなにより。また太りましたw」と言われた。。。

何となくそんなことを思い出した今日のテーマ



《ルカ》

*僕の名前はルカ
2階に住んでいるんだ。
上の階だよ。
僕のこと、見たことがあるでしょ。



**夜中遅くに、何か聞こえたら、
そう、ちょっとしたもめ事や、争い事が聞こえたら、
何かあったの、って聞かないでね。



僕が不器用なせいだと思うんだ。
あまり大声では話さないようにするよ。
僕がちょっと変わっているからだと思うんだ。
あまり自身あり気に振る舞わないようにするよ。



***あの人たち、泣くまでひっぱたくんだ。
そのあと、理由を聞いちゃいけないんだ。
もうこれ以上、言っちゃいけないんだよ。
これ以上は言わない。



僕は大丈夫だよ。
もし、僕が言いそうなことを尋ねるんだったら、
僕はドアを開けて部屋に戻るよ。
とにかく、僕には関わらないでね。
何も壊されないで、何も投げられないで
1人でいたいんだ。
大丈夫、って聞かないでね。
何も聞かないでね。



*repeat
**repeat
***repeat

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ケアマネジメント | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/10/28 21:58

B=f(P・E)

最近、バタバタしていてお気に入りブログ等々ゆっくりと読めなかったが、10月20日のgitanistさんの記事が眼に留まる。

お題目は「認知症ケアについて」いつもの通り明快に自論を展開されている。

最終的な結論は「周辺症状」の出現に至る前にその環境要因を考察し、誘発させない努力が必要ということ。

gitanistさんも文中に記載しているが、この様な視点で考える事は当然のことながら認知症をもった方に限っての事ではない。

では、何故、周辺症状に対処することに注目が集まるのか。

私はこう考える。情報を共有する段階で周辺症状や病状に対する情報に偏ることから認知バイアスがかかり、その方本来の人間性に対する焦点化がなされにくいからではないだろうか。

自分が担当している場合若しくは同様の相談を受けた場合、考えたり、説明する際によく使うのがコレ。

今更と思う人も入るかも知れないが・・・。

レヴィンの法則 : B(行動)=f(P(個人)・E(環境))
         B=Behavior(行動)
         f=Function(関数)
         P=Personality(人間性、人格、個性、価値観、性格等々)
         E=Environment(周囲の状況、集団の規制、人間関係、風土等々)

いわゆる行動の関数である。

自分はわかりにくい文章を書く割にわかりやすいことが大好きである。

事前の段階で別に公式に則って割り出すわけではないが、考えるようにしていると言った方がよいか。

問題を振り返ると結局は、gitanistさんと答えは一緒であるw

「その人を見よう!!」


《ココでガチョウ様より告知》

昨日に引き続き芋煮会お誘いありがとございます。
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21世紀の高齢問題は、我が国が避けられない問題であり、経済・財政・雇用などとも切っても切り離せない問題でもあります。福祉従事員には、より強力なマンパワーと爽やかな心が必要とされており、健康増進を図らなければなりません。そこで里芋会の重要性を認識し、酒は百薬の長と言われますようにその効能を確かめる企画をいたしました。 


日  時: 平成22年11月14日(日曜日) * 雨天中止

場  所: 多摩川中央公園(東京都福生市)

時  間: 10時から15時

内  容: 芋煮会による対話

テ ー マ: 自 由

参加資格: 介護・福祉に関心のある人!

参 加 費: 1000円(芋煮会の材料費のみ)

注意事項: アルコールを含め、全てのお飲み物は各自お持ちください!
        差し入れ大歓迎です!
        必要に応じ、胃腸薬をお持ちください!

定  員: 20名(先着順・定員になりしだい締切)

申込方法: kizuki-2008■mail.goo.ne.jp (■は半角の@に直してください)
     
       氏名・所属先・当日の連絡先をお知らせください。

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ケアマネジメント | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/10/22 22:56
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