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死の向こう側にあるもの

高齢者福祉の分野で対人援助の仕事をしていると頻繁に人の死と向き合う機会に遭遇する。

同業者でお年寄りの方から「もう死んでしまいたい」とか「こんなに長生きすると思わなかった」とか「いつ逝ってもいい」なんて言われたことがないって人はいないであろう。

それは、終末期か否かに限らず、人によっては毎月展開されている話題かもしれない。

そんな時、皆さんならどのように応える?

何人かの知り合いに聞いてみた。また、今まで出会った場面で他の方々はどのように応えていたか振り返ってみた。

やはり、多くの方々が、「寂しいからそんなこと言わないで」とか「まだまだ大丈夫ですよ」なんて応えているようだ。

中には、「じゃあ一緒に死にますか」なんて応えもあり、印象的だったことを思い出したが、相手に与える印象は賛否両論かなと感じる。

それは、寄り添っていると言えばそうかとも思うが、第三者として関わっていて本気でそんな風に思えるのか疑問だから。

というか、思えないと思うから。

お年寄りから発せられる「もう死にたい」には、「死にたいくらいつらい」や「死にたいくらい面倒臭い」や「死にたいくらい退屈」とか続きがあるのだろう。

よく考えてみるとお年寄りに限らず、多用されているとも思う。

但し、人生の大先輩方は、日々死を意識して生活をしているはずである。

物凄く、考えぬかれているだろう。

それは、死そのものについてだけでなく、死を向かえるまでの生活についてや自分の死後、残された人やモノについて等様々だと思われる。

だからこそ、その日を向かえるまで出来るだけ悔いが残らないようにしたいと理解すべきとも言えるだろう。

でも、私はこうも思う。

「死んだ後も幸せでいたい」若しくは「死んだ後は幸せになりたい」そして「もう一度あの人たちに会いたい」とか。

まぁ、それは非現実的なのかも知れないが、「一緒に死にますか」と言うより本心で話に付き合えるだろう。

じゃあ、また、振り出しに戻って考える。

「もう死んでしまいたい」ってお年寄りに言われたらどう応える?

自分は、死んだらどうなるのか、死んだらどうしたいかその先の未来、「死の向こう側」の話が出来たらいいなと日々感じてる。

励ますことも大事だと思うけど、そんな想いも聴いて欲しい位考えているはずだから。

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想い | コメント(6) | トラックバック(0) | 2011/01/29 16:13
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