スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

生活・暮らしの構成要素とサービスの関係性を考える。そして「本当の地域包括ケアへの想い」

約一ヶ月前に予約をしたAndroid au IS03。

やっと発売日が決まったではないか。

そうか11月26日か。。。思えば長かったような短かったような。

何度iPhoneにしようと思ったことか。

そんなことはさておき。

本日は、当事業所定例の事例検討会であった。

メインテーマは、「心身状況が低下してきている独居高齢者を支える家族間の意見の相違」

当然、詳細は記載出来ないが注目したい点があったので本質のみ捉えるとする。

・キーパーソン含めた兄弟、家族間の力関係は概ね対等。
・大半の関係者は在宅生活に限界を感じているが、在宅生活を継続したいキーパーソンの揺らぎがある。
・家族支援及びサービス利用は充実している。
・事業所変更により受け継いでおり、その時点ではキーパーソンが不明確であった。

その上で確認し、気づいた点としては、

①ケアマネジャーの意見が家族間の検討に影響を与えていない(与えられていない)。
②過去から培ってきた生活が断絶している(支援者主体の生活)。
③家族間では対等関係にあるので数の原理において施設入所方向に検討されているが、個の観点が自分になっており、利用者の観点が置き去りになっている。

ということである。

つまり、家族、サービス共に充実しているが、それにより②≒現在の生活は本人が培ってきた生活ではなく、家族が新たに構成した生活になっており、①≒その点について専門的な見地が入らない事で③≒利用者に対する望ましい生活(真のニーズ)が明確にならず、在宅生活の限界点が低下しているのではないかということである。

以前に10月22日記事「B=f(P・E)」において「認知症ケアにおいてBPSDへの対処へ偏ることは情報の偏りからくる認知バイアスが考えられる」と述べているが、このケースにおいても同様の認知バイアスが掛かっていたのではと考えられる。

どういうことかというと事業所変更の際の情報によりキーパーソンの設定や関係性の再構築を図ることに重点を置き、利用者個人の生活に目を向けることが置き去りになってしまったのではないだろうかと仮説する。

更に前事業所から流れでケアマネジャーの機能を必要としない家族となってしまっている点の修復が出来ていないことから本人のニーズではなく、家族のデマンドにより今後の方向性が決定するシステムが構築されている為、現時点の悩みに到達したと考えられる。

そこでキーパーソンだけが在宅生活の限界点の感覚が違った事がある意味救いでもあったということである。

さて注目したい点であるが、「充実したサービスの利用と家族支援により本人が過去から培ってきた生活が断絶されている」ことだ。

「生活と暮らし」を考えると現在の生活を構成している要素は過去から築き上げた想いや経験、関係であり、また、未来への想いである。

何故か、病気等によりサービスを利用する事で周囲の人間が引いていくことがあるが、それは本人が以前の知人や友人等関係者に変化した自分の姿を見られたくないと想うことも多分にあると思うが、それはあくまでもきっかけであり、支援者が過去の生活に目を向けられていないからではないだろうか。

そして、そこで想う事として「では、これは現在の制度改正審議で検討されている「地域包括ケア」で謳われる「自助」「互助」に置き換えて、それに対して現在のサービス体系やケアマネジメントが地縁の再構築へのバックラッシュ(反動)、阻害要因になっているのか」ということである。

いいや、そんな事はないであろう。

そして、ここが現在の制度改革論のキモではないだろうか。

現時点の審議では、無縁社会として崩壊していることが多いであろう「自助」「互助」をどのように確立するのかは不明確である中、サービス体系を変化させることが必要、現在のケアマネジメントが問題と理由付けされあたかも改正により地域包括ケアが確立するように論じられているが、この時点で「地域包括ケア」という概念を利用しないで欲しいとさえ想う。

「自助」「互助」を活用していくことは支援をする上でのニーズ、デマンド、デザイアの相互作用モデルとして考えていくポイントということだけであり、サービス体系の変化等だけで「自助」「互助」が確立されるなんて考えはおこがましいだろう。

ここで言える事は「今残っているであろう本人が築いた生活や人間関係を知ること、生かすこと」それにより時間はかかるが、「自助」「互助」は生かされる(残される)ようになっていくのではないかということである。

決して新たに想像し、創造されるコミュニティーソーシャルワークを否定している訳ではなく、どちらかと言えば肯定しているが、それ以上の「自助」「互助」の確立は介護保険だけの話じゃ納まらないないよね。

だが、現在の審議の流れからするとこの論法がバックラッシュ(反動)ということになる訳なんだよね。


《おまけ》
日曜日はガチョウ氏主催の芋煮会参加。ご馳走様でした。遅れて参加でしたが、アヒル様とも久しぶりに会い楽しい時間が過ごせました。またよろしくです。

gitaさんワインのラッパ飲みとはww


励みになります。ポチっとしてくださいな。
↓↓↓↓↓
にほんブログ村 介護ブログ 高齢者福祉・介護へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ




スポンサーサイト
想い | コメント(4) | トラックバック(0) | 2010/11/16 20:46
コメント
No title
>「自助」「互助」を活用していくことは支援をする上でのニーズ、デマンド、デザイアの相互作用モデルとして考えていくポイントということだけであり、サービス体系の変化等だけで「自助」「互助」が確立されるなんて考えはおこがましいだろう。

ここで言える事は「今残っているであろう本人が築いた生活や人間関係を知ること、生かすこと」それにより時間はかかるが、「自助」「互助」は生かされる(残される)ようになっていくのではないかということである。

同意です。現状でサービス体型の変化だけを急いだら、自助も互助も共助もダメになり(自助と互助は現在よりも酷いことになるケースの方が多くなるような気が・・・)、公助の負担も増える結果になってしまいそう。。。逆に、抑制よりは充実を目指したほうが、長いスパンで考えればよい結果になると思うのですが。

ワインのラッパ飲みは危険です。
No title
You're welcome. When I planned some kind of events again, come pls. The dish was delicious, and the conversation was pleasant. I was full.

多謝。再次,如果計劃了儀式,光臨給。飯菜好吃,會話快樂。吃飽了。
No title
gitaさんお疲れ様です。

やはり今まで10年間失敗を繰り返していることをまったく気にしてないから、長いスパンで考える事が出来ないのでしょうかね。

ですが、昨日NHKの記者の方より連絡があり、「現在取材をしながら勉強しているのですが・・・」ということでいくつか質問を受けたのですが、現場以外の方からは新たなサービスを創設し、サービスが充実するという青写真に写っているようで、そんな中、うちの提言を見て???って感じだったようです。

よーく説明をしましたらちょっと驚いておりましたよ。

No title
ガチョウ様・・・。

メタボ同士、またよろしくっす。

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。