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職域は寄り添う気持ちを阻害しているのだろうか

昨日は、月例の事業所ミーティング。先月、自分が入院した事で議題が持ち越しになっていた。

という訳で今月は一ヶ月間温めた「グループスーパービジョン」を実施。

現在入院中の方で家族は在宅復帰に意欲的だが、家族の在宅受け入れへの考え、支援体制がもろく、復帰した場合には生命の危険も伴うことが予測されることで家族と関係者間での折り合いがつかない事例であった。

「果たして私はこれからどう向き合っていけばよいのでしょう」バイジーの想いを胸に話を進めていく中でバイジーより何度か「家族は明らかに短期間のことだと高をくくっている感じがあり不安。医療的な判断をもっと理解をして欲しい。」と話が出る。

まぁ確かにそうではあるが、本人としてはどうしていきたいと思うであろうか確認をすると「家族がいる家に戻りたいと思うだろう」とのこと。

そこに生まれるギャップは何かを再度考えてもらう。

リスク回避?説明不足?信頼関係の崩壊?家族観の違い?価値観の違い?文化の違い?・・・

いくつか??の中、バイジーは「確かにこの人たちのことを思うと家に帰ってもらいたいとも思う。しかし、生死に関わる判断となるし、支援体制がもろいとなれば自分がネグレクトを助長することにも繋がるのではないかと思うから踏み込めないと思った」と振り返った。

そこで、思考のベクトルは本人でも家族でもなく「バイジー自身」に対して向いていることに気がついたようだが・・・。

その時にバイジーはこう漏らした。

「寄り添いたい気持ちはあるが、果たして自分がこの状況に対して踏み込んで重大な判断に巻き込まれる事はいいのだろうか?職域を越えているのではなかろうか?」

さあ、どうでしょう。

在宅復帰をすることをケアマネジャーが判断するのであれば、職域を越えてるよね。でも、家族が判断している訳ですよね。

ここで問題なのは、生命の危険が伴う事に対して家族が正確に状況を理解出来る説明を医師等から受けた上での判断なのかであり、我々が行う事は「判断」ではなく、「そのプロセスにより葛藤する家族や本人の想いを理解し、判断出来るように介在し、時に促がし、時に整理し、納得できる答えを自ら導いてもらう」ということなのではと思う。そして、その時に「寄り添う」のだと思う。

そう考えると「業務上いわゆる職域や制度によりカテゴライズしたとしても寄り添うことを阻害するとは必ずしも直結しないのではないだろうか」と思いに至った。

しかし、生死に関わる事や責任が問われる可能性があると思うと援助者は過剰に防衛してしまい、本来行なうべき業務を見失ってしまうことがある。

無意識下でなるのであろうからインナーチャイルドにも要因はあるのだろう。しかし、事業所でSVを行なう場合、時間制限がありこれ以上踏み込むことは出来ず(当然、技量の問題もありますが・・・)。

今更ながら思うが、やはり我々も誰かに時に促がされ、時に整理してもらい、納得できる答えを自ら導きだせるように支援を受けるべきなのだろう。もちろん寄り添ってもらいながら。


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想い | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/01/19 21:27
コメント
No title
>そのプロセスにより葛藤する家族や本人の想いを理解し、判断出来るように介在し、時に促がし、時に整理し、納得できる答えを自ら導いてもらう
その通りだと思います。そして、我々が行う促し等が利用者さん、家族さんを決して『不安』にさせてはならないと思っています。
納得できる答えを選んだ利用者さん、家族さんを最大限支援していくことが、我々の役割だと思います。
No title
眼鏡兼相談員さんどもです。

ご賛同ありがとうございます。このことって今更って思う人が多いと思うのですが、意識しないと出来なかったりすると思います。

このバイジーではないですが、周りにも何にも考えないで放置するとか強引に引っ張ってく人っていません?

そんな話を時々耳にするんですよね~。

つまり「職域」にすり替えるということでしょうかね。

困った現実です。

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