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正しいものは何なのか、それがこの胸に解るまで

今日は、あきしま地域福祉ネットワークの市民フォーラム実行委員会があった。

今年度は4月に「認知症を持っても暮らしやすい地域とは」がメインコンセプトとして和田 行男氏を招いての講演とパネルディスカッションを予定。

本当は部会活動や他の委員会活動が忙しいので今年度は外してもらおうと思っていたが、昨年度自分が実行委員長だったこともあり、今年度はアドバイザー的に委員に残ることになってしまった。

なので会議には参加するが、主体的な動きは他の方にお任せしている。

しかし、会議に出るとついつい熱くなってしまうこともある訳で、しかし、やや反省しつつも変えられない自分がいる。

どういうことかいうと。

当会は事業所主体であるが、市との連携も密であるので、市民フォーラムも市と共催。

その為、会議には当然、市の担当者も参加される。

そうなると、どうしても当会の想い(自分の想い?!)と市のスタンスとのズレが生じてくる。

当然、市としては、共催だから通常の会よりも主張してくることも理解は出来る。

だが、意見といえば、想定されるリスクに対する防衛的意見がほとんど。まぁリスク管理も大事だけどね。

再三に渡り、「建設的な場にするものであり、別に(必要以上に)市への批判を煽ったり、市との対立構図を作るつもりはないから」って伝えているのだが、何か恐れている感じ。

まぁ確かにこういう場では荒らしのような方もおられますから。でも批判的な意見を全てシャットダウンしていては良いものはできない訳であり、市民フォーラムを開催するに市民の声を聞くことは想定内ではあるはず。

そんな訳で今日も会議が進行するにつれ、きな臭い雰囲気に。

市  :パネルディスカッションにおいて最後に質疑を行うと内容が散漫になると言うかどっちつかずになると思うので質疑はなくした方がよいのではと前回から言っているつもりですが・・・。講師の都合上、打ち合わせの時間も少ないようですし。

委員A:市民の声を聴かないフォーラムってどうなんでしょうかね。別に質疑をしてもどっちつかずにならないと思うのですが。如何でしょう。

委員B:確かにフォーラムとは共通の課題を持った方々集まる場所であり、ある意味、パネルディスカッションと言うと対立する数人が討議すると言うことになるから、会場の意見を聴くならパネルディスカッションって言わないだけでいいんじゃないの?

Shan :あのー。形式がどうとかじゃなくて自分達が何をしたいかって話ですよね。それにパネルディスカッションでも会場の意見聞くのは普通だと思うし。それぞれの立場の意見を出しながら市民の望む地域づくりが出来るかってことであり、市を攻め込むだけの場ではない訳だから、もしそういう事を回避する思惑で質疑をなくすことを提案しているのであればあり得ない(怒)どうですかねー。

委員A:市はこれまでの取り組みやこの先の展望を伝えることで良い訳で、それ以上の意見はパネリスト個人の意見ってことで当然良いと思う。絶対こうなるなんてシナリオは作れないでしょう。

市  :・・・。じゃあ打ち合わせもしっかりと出来るんですね(怒)

shan :・・・。予定通りパネルディスカッションでいきましょう。

やり取りはやや要約及び綺麗に修復しているがw、改めて連絡会の運営、保険者との連携とは本当に難しいものと痛感した次第である。

提言活動をしていたり、先日の田中教授の講演会の質疑の時にも感じたが、世の中、それぞれの立場での一般常識や正当性があるもんだ。

そんなこと随分昔から頭では解っているつもりであるが、割り切れないものでもある。

ここ数年前よりそんなことがあった後に頭に流れる邦楽の曲がある。

実のところその歌い手のことはあまり良く知らない。有名だから名前は知っていたがね。

十代の初め頃にアイドルへの傾倒を卒業し、洋楽へと傾倒していった自分はその当時流行っていた邦楽はテレビや友人宅や街で流れているものを聴く程度であった。

そんな自分が人より遅く社会人になり、人並みに壁にぶつかっていた時、何気に出会った曲であった。

自分よりその当時ずっと年下だったであろうその歌い手が「自分を見失わない為に勝ち続けなきゃならない」って歌っていることに違和感を感じたが、今の自分に妙にマッチングしていた。

今日もその曲が頭に流れてしまったよ。

そう言えば、このブログのタイトルにある「UMM」って意味解らないと思うけど、これに通じるものがある。

それは以前に開設していたサイトのタイトルを知っている人は気づいているだろう。

そのサイトのタイトルは「UNCHAIN MY MIND」 自分の精神を解放する≒心は縛られない

つまり、「UMM」とはその頭文字でその想いを継承しているという事。

でもこれって現役世代の自分が仕事上で感じるってだけじゃなくて目の前のお年寄りがいろんな意味で縛られたくないって感じているんだぞって意味もこもってたんだけどね。

さて、何となく初心を振り返ったお陰で、明日からも前を向いていけそうだ。

あと、今日は、他の臨時委員会の方々と共にこんなシンポジウムを申し込んだ。

またまた憤りを感じることもあるだろうが、非常に楽しみだ。


第7回地域ケアシンポジウム 
いつまでも住み慣れた地域で暮らし続けるために、みんなで作り出す365日24時間の安心

日時:平成23年3月4日(金) 11:00~16:30(10:30開場)
会場:北とぴあ つつじホール
定員:400名
参加費:無料

川又厚生労働省老健局振興課長の基調講演とその後に堀田力氏がコーディネーターのパネルディスカッション等あり。詳細は、東京都福祉保険局のサイトをご確認あれ。



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想い | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/01/26 21:34
コメント
ジェラシー
>世の中、それぞれの立場での一般常識や正当性があるもんだ。
例えば、介護職員による医療行為の拡大議論に関して、賛成派、反対派それぞれの立場での意見がありますが、『家族が出来る医療行為の為、施設入所できない高齢者の今後をどのようにしていくのか』極端に言えば『医療行為の為、施設入所できない高齢者とその家族を見捨てるのか、見捨てないのか』といった両者の意見の一致点が無い為、いつまでも議論が長引いているのだと思います。一致する意見を根本に介護職員による医療行為について議論するのが解決の鍵だと思います。一致点の無い議論ほど不毛な議論は無いと思っています。

UMMにそういった意味があったんですね。妻が「この人のブログのタイトル、すごくかっこいいね」って、僕に対する嫌み混じりで言ってました。shanさんにすごくジェラシーを感じます(笑)
No title
眼鏡兼相談員様毎度です。

ってかHN長いので以後、眼鏡っちでご了承下さいw

介護士の医療行為に関しては、いつも当会の委員の中でも意見が割れるところです。何で時々他の団体様とかマスコミの電話なんかでこの件を聞かれるとついつい「個人的な見解です」とか茶を濁す発言をしてしまいます。

自分としては特養でいわゆる実質的違法性阻却(やむを得ず必要な医療行為)を経験しているので必要性と反面その怖さも理解しているつもりですが、正当性はと問われると迷うところです。

家族がすることとは意味合いが違うので。当然、介護職も技術としての行為は出来るけれども解剖学的な怖さを知らない人も多いのではないか懸念するところですし、本来医療職配置が増えれば満たされると言えなくもない。

ちょっと眼鏡っちが言っていることとズレちゃいましたね。

上記の問題があるとしても、だからって医療依存度の高い方の受け入れ先が見つからないのはどうなのよって日々感じております。

やはり、行き着くところは既得権益に拘るのではなく社会的ニーズに沿って検討、着地をして欲しいというところでしょうかね。

ブログのタイトルお褒め頂き恐縮です。

まぁ奥さんの発言でジェラシー感じていられるのはすごーく幸せだと思って、その幸せを噛み締めていてくださいな。

今日はジョン・レノンの「Jealous Guy」でも久しぶりに聞いて寝ることにしますわ。

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